先日トルク管理の記事をアップしましたが、細く記事をアップしようと思いましたが、長くなったので別記事としました。潤滑剤をねじに使用した場合について誤解が多いようですので、今回は詳しく記述してみました(^^)
今回何人かの方のコメントで「潤滑剤」について言及されていたものがあったのだけど、潤滑剤とネジの締結の問題はものすごいシビアなのだ。物事にはやっていいことと、やってはいけないことがあるが、この件に関しては、「やっていい人だけが、やっていいこと」、とも言えるほど、大変な問題なのだ。
指摘があったように、潤滑剤(スレッドコンパウンド、超耐熱潤滑剤など)を使用した場合、指定トルクより低い数値で締めつける。。。これはある意味正しいように見えるのだが、大変危険なことをしていると認識する必要あり。
というのは、潤滑剤にもいろいろとあって、ものによっては、なんと最大300%過大締め付けとなる結果となるという報告があるのだ。また、その逆もあり、最大1/3となる潤滑剤も存在する。これを理解していないで手元にあるものをうっかり使うと、大変なことになるということを理解しなければならない。
300%までいかないにしろ、100%だって、75%~80%緩めたところで過大締め付けとなる。その逆だったら大変なことになる。
確かに、一般的なスレッドコンパウンドは75%~80%程度の締め付け低減で「相殺」できる場合があるのは事実だが、ここにも落とし穴がある。実は、潤滑剤を製造しているメーカーは、過大締め付けについて言及はしているのだが、「何%低くしてくださいね」とは具体的数字を挙げて謳っていないところが多い。
私がタイヤメーカーという製造業に携わっている中で、ある時、とあるメーカーが「この潤滑剤を使用すると14%の過大締め付けとなります」とデーターを持ってきたのだが、それでも、このメーカーは、「あくまで社内テストの結果。どういう使われ方をされるのかわからないので保証は出来ないので、自社で十分テストしてください」と言っていたのだ。それぐらいこの問題はシビアなのである。
ちなみに、この製品を使って指定トルクの75~80%で緩めちゃったら緩めすぎになるということになる。
一般に販売されている製品がきちんとデーターを取っているかどうかわからないが、その会社に問い合わせてみなければ、どういう方向性の製品なのか分からないということ。教えてくれなければそれはそれで問題だ。逆にきちんとしている会社なら、きちんとデーターを取っているので、「この部位に使用する場合は、指定トルクの15%マイナスでしてください」と返事が来るはずである。そういう商品なら安心だ。メーカーに電話して聞くことをお勧めする。
ボルトの素材だってオートバイによっては違うこともあるし、素材が違えばトルクだって変ってくる。そんな中で、「ハイ、75%~80%低くしてね」というのは暴論というしかないということなのである。「ある程度」相殺出来ても、「ある程度」というレベルであって、完全なトルク管理にはならない。つまり、トルク管理という定義から外れてしまうことになる。そもそも「適正」なトルクを探るということからは程遠い。
そもそも、このBikers Stationの記事は矛盾しすぎ。もともと、「わずか」な締めつけを問題しているのだが、75~80%と、5%の差を出している時点で矛盾している。5%って決して小さい数字じゃない。トルク管理ってわかってますか?
トルクレンチにも公差というのがある。最大4%までという規格があるのだが、となると、最悪、5%+4%で9%の誤差が生じることになる。ほとんど1割だ。そんなトルク管理あるはずない。前の記事でも書いたけど、何を根拠に75%~80%と言っているのだろうか。まあ、そんなトルク管理していて、1割近くも緩めちゃえば、確かによく動くだろうに(笑)。Bikers Stationの記事の中では「適正」なトルク締めつけを探り出すことを目的としているようなことが書かれているが、実際やっていることは適正でも何でもないこと。小学生でもわかる計算だ。
ここに信用できるものを紹介しよう。これは結構知られている検証で、製造業に携わっている人なら目にした人もいるかもしれない。ずっと前に社内で見たのを覚えていたのだが、記憶をたどってネットで検索したら出てきたので掲載します。
詳しいことは書いてあるのでここで省くけど、ここの検証結果を見てみる限りでは、無潤滑と潤滑剤を使用した場合とでは1.43倍になっているので、単純に指定トルクの70%でよいということになる。これもこの検証で使用された同じグリスを使用するということが前提になるが。また、一般に出回っている潤滑剤が、この検証で使われた潤滑剤と特性が同じとしても、Bikers Stationの75%~80%は大きく外れていることになる。「トルク管理」という定義の中では完全NG。「適正」もなにもあったものじゃない。
それと、Bikers Stationの記事のなかで「倒立フロントフォーク」とあったが、倒立サスペンションは、三叉のトルク管理をする際には気をつけないと、キャスター角度が変わってしまう傾向が強いので要注意。締めすぎるとキャスターが立つし、緩いとその逆。「わずかに動きが渋い」云々以前に、操案特性が変わってしまうのだ。オフ車なんかでは顕著のこの傾向が出たりするので、トルク管理は細心の注意を払ってされているのだ。オフをやっている人で固定ボルトに潤滑剤を使っているケースは非常に少ないと思う。トルク管理が出来ないからだ。
Bikers Stationの記事では「作動性の向上は確実」といっているけど、キャスターまで影響するようなことやっていて、なにやってんだろうと思う。やってることは本末転倒としか思えない。そんなことやっていて、本当にハンドリングが向上したかは甚だ疑問である。
重要部位の規定トルクはメーカーが時間とお金をかけた検証の結果出されていることを理解しなければならない。工学的、物理学的見地に立って規定されているものなのだ。簡単に、そして無責任に、「これぐらい下げてね」と言っていいものではないのだ。Bikers Stationの記事では「出荷状態ではほとんど締めすぎ」と言っているけど、本気で言っているのならかなりおかしい。
そもそも、一体何のために潤滑剤を使うのかを理解しなければならない。Bikers Stationがどのような理由で使用を推奨しているのか分からないが、ネジ類に潤滑剤を使うのには目的(理由)がある。それらは主に、かじり、焼きつき防止、錆の発生防止、軸力の安定化などである。結果、トルク管理を容易にし、安定した性能を生み出すわけだが、良い作動性を求めてやることではないのである。
トルク管理は本来、ボルトの素材、使用する潤滑剤、トルク精度、公差などを理解していて、経験ある人だけがやっていいことなのだ。そして、そこで初めて「適正」な管理が出来、本来の性能維持と発揮が出来るということなのである。
最後に、誤解がないようにはっきり明言しておくが、私は決して潤滑剤を使うなと言っているのではない。効果は確実にある。やらないより、やった方がいいと言えるほど、有効な手段である。
工場なんかはこれがなければ困るほどだ。多くの製造工場で使われているし、実際私の会社の工場でもふんだんに使われている。また、自分でやるメンテナンスでやれたらやるべきだと思っているし、実際私はやった方がいいと思っている部位には自分でもやっている。ただ、安易な考えでやると大ヤケドするということは忘れてはならない。
あ、それからトルクレンチについて。あれって、カチンっとなったあとに、確認するかのようにもう一度する人がいるけれど、あれはNG。トルクが変わってしまい、何のためにトルクレンチを使っているか分からなくなりますので、やめましょう(^^)
潤滑剤は間違いなく有効。S●Xのときにつかう潤滑剤と同じ。必要な人(場所)もあれば、ない人もある(笑)。使い方も間違えれば効果もない(笑)。気をつけましょう(^^)。でも、やっぱり使うと気持ちいい(笑)!